8月生まれの少年は、面と向かって「ありがとう」なんて言わないぜ。

 * * * * *


 松山でコンサートをやる、ことは、いつからか約束になった。
 松山に地震があって、あるはずだったコンサートが突如中止になったのが2001年春のこと。
 理由は、その地震で使うはずだった「会場が壊れて使用不可能になった」から。

 実際はそれだけだ。中止になった。ただ、それだけだ。

 でも、それはものすごく固い約束になった。
 理由はよくわからない。
 ただ、いつか必ず行く、と。
 その言葉だけでそれは約束になってしまった。

 松山でコンサートをやる、ことは、それは約束で宿題だった。
 コンサート職人な8月生まれの少年にとって、それは大きな宿題だった。

 どうにか宿題を片付けて、約束を果たしたのが2003年8月31日。
 その前日に、8月生まれの少年はとうとうハタチになっていた。

 1部。
 客席からのバースデーコールの後、はりきって大プレゼント大会開始。

 12月生まれの少年は「ぱんつ」を持ってきた。
 「俺らは今迄冗談に金をかけすぎていた!」
 だから今回は使えるものを買ってきた、と言って「自分で包んだ(ラッピングした)」ぱんつを持ってきた。
 ふつーのぱんつが4枚と、あとの2枚は『ひものついたとてもぱんつの実用性は果たさないであろう代物』だった。
 袋をあけて中のぱんつを取り出した瞬間、全員が笑い崩れる代物だった。
 やっぱり、金は冗談にかけるべきだとおもった。

 11月生まれの少年はビールサーバー(の、ようなもの)を買ってきた。
 買った本人ももらった人もまわりも、どうやって使うのか誰もわからなかった。
 「代官山で買った」と11月生まれの少年はいばっていたが、あまり「代官山」は関係ないだろうと内心で全員が突っ込んだ。

 6月生まれの少年は、「ヒョウ柄のハンドル」を買ってきた。
 否、母上に「買ってきてもらった」
 ハンドルの形状の説明が大変だったの、本当はヘビ柄がよかったのにヒョウ柄だったのと、たどりつくまでに苦労した気配満載だった。

 1月生まれの少年は「'83年もののワイン」を買ってきた。
 その前日にハタチになった少年が生まれた年が、1983年だ。
 あまりにも「いかにも!」で、あまりにも「お約束!」で、それが「いかにも」「あまりにも」1月生まれの少年がやりそうなことだとおもった。
 ワインを見て、8月生まれの少年が「これ今日飲もうよ」と言った。
 1月生まれの少年は「そのつもりです」と断言した。

 松山は、約束で宿題でスペシャルだ。
 ハタチのお誕生日はこれだけじゃ終わらないのだ。

 2部は、まずケーキが出てきた。
 出てきたケーキは、空調の風のせいで見事にローソクの火が消えていた。
 わたわたとローソクの火をつけながら6月生まれの少年が
 「俺らってなんでこう段取り悪いんだろう・・・」と冗談みたいにつぶやいた。

 やっとついたローソクの火も、やっぱり空調の風ですぐ消えそうになった。
 消えそうになったローソクの火をかこむように8月生まれの少年が手を出すと、再度ふわっとローソクの火に勢いが戻った。

 「これだけでは終わりません!」って。
 ケーキのあとに、唄、が、あった。
 A-Friendsの唄だ。
 ハタチになった時だけ、ハタチになった誰かのために、6月生まれの少年がつくった歌をみんなで歌ってCDにする、あれを。

 松山で、それを、ナマで聴いた。
 「松本くんの唄」と題されたそれを、直接聴いた。

 8月生まれの少年は、それを客席に降りて聴いていた。
 すっごく笑ったり、真剣な目になったりしながら、じっと聴いていた。

   カンペキ主義のあなたが、最後のハタチ

 そんなフレーズで始まる歌だった。

   まゆげが太いだの、脛毛が濃いだの、そーゆーこと言うと怒る。
   そんなあなたが好きです、大好きです。

   今更キャラ変えるってそれあんたねぇ。
   遅すぎたけどできたあなたへ。

   遅くまでごくろーさん。
   ごくろーさんたらごくろーさん。

 そんなフレーズの入る歌のキメの歌詞は

    きみはもともと まつもと

 だった。

 8月生まれの少年は「ぐっときた」と言った。
 「そんだけかよ!」と案の定突っ込まれていた。
 でも、感情があまり動かない自分がぐっとくるのはすごいことだと、早口で誰にともなく言った。

 いつ録音したのか、と、とても不思議がっていた。
 1月生まれの少年が、名古屋のあと、深夜3時から早朝6時にかけて録ったんだってそう言った。

 最後の挨拶で、6月生まれの少年が言うには
 以前6月生まれの少年がつくったある曲を、8月生まれの少年がとても気に入って
 その曲が好きだと言ってくれたから、あれを超える曲をつくろうと思っていた、と。

 A-FriendsのCDはジャケットもブックレットも本格的だ。
 福岡のコンサート最中に撮った写真も使われていた。
 でも、あの時客席で叫んだ「おめでとー!」の声は、
 録音が切れていて入ってなくて、使えなかったんだと6月生まれの少年は説明した。
 だから。

 今、ここで皆さんがおめでとーって言ってあげてください。それで、完成します。

 「おめでとー!」と。
 客席の声に、8月生まれの少年が頭を下げた。


 面と向かって「ありがとう」なんて。
 そんなこと、8月生まれの少年は言わないぜ?


 そんな8月生まれの少年は、この日2部の最後のメンバー紹介をやった。

 12月生まれの少年のことを起爆剤になると言い
 6月生まれの少年のことを性格は一番遠いけどやってることは大好きだと言い
 11月生まれの少年のことを僕はこの人のことを天才だと思ってますと言い
 1月生まれの少年のことを嵐のまとめ役だと言った。


 面とむかって「ありがとう」なんて言わないぜ?
 嬉しくて泣いたりなんか、できないぜ?


 * * * * *


 あの世界でデビューできるってこと自体がもう奇跡みたいなもんだ。
 やめなかったっていう、そのこと自体も奇跡みたいなもんだ。
 もっとさかのぼれば、その世界に入ったことが奇跡なんだ。

 でも
 その中でいちばんの奇跡は
 面とむかって「ありがとう」なんて言わない8月生まれの少年のことを

 面とむかってありがとうなんて、言えないんだぜ

 って。
 そう、わかってくれる人達が一番近くにいてくれることだ。
 いちばんの奇跡は、それなんだ。


 面とむかってありがとう、なんて、言えないんだぜ。
 みんなの前で泣いたりなんか、できないんだぜ。

 だけど
 8月29日の深夜、8月30日になった瞬間。
 広島でコンサートが終わった後、松山の打ち合わせをしていた真っ最中。
 ハタチになって、あっさり「おめでとう」だけでその場は終わって、
 でもなにかお祝い企画があったりしたらあれだから
 俺は一応最後に部屋を出よう、って。


 8月生まれの少年は、そーゆーこと考えちゃう奴なんだぜ。
 でもその場では結局なにもなかったって、松山の前にメンバーに訴えちゃう奴なんだぜ。
 そーゆーふーに、ほんとはちょっとかわいいところもあるんだぜ?


 かわいいところもあるんだぜ?
 けど、
 面とむかってありがとう、なんて、言えないんだぜ。
 みんなの前で泣いたりなんか、できないんだぜ。

 でも、Blueの時にちょっとだけうるっときてるように見えたんだぜ。
 見えたけど、きっと絶対「泣いてない」って言うんだぜ。
 あぁいう時泣けないって言うんだぜ。

 面と向かってありがとう、なんて、絶対言えないんだぜ。

 それでも、毎年、必ず祝ってくれる人がいるんだぜ。
 何をどう考えてもいっちばん忙しくていっちばん時間なかったはずなのに
 6月生まれの少年はちゃんとA-Friendsの歌つくってくれちゃうんだぜ。
 深夜3時から6時まで、みんなで録音とかしてくれちゃうんだぜ。


 8月生まれの少年の、いちばんの奇跡と運の強さはそこにある。


 面とむかってありがとう、なんて、言えないんだぜ。
 だけど
 おめでとうって言ってくれる人達はみんな
 ありがとうって気持ちをちゃんと、わかってくれるんだぜ。


 8月生まれの少年の、それがいちばんの奇跡。

 これ以上の奇跡なんて望めない
 最初で最後でもいい、これがいちばんの奇跡。


 * * * * *


 ハタチのお誕生日おめでとう。
 いっぱいいっぱい、よかったね!