a tempest of applause |
1月生まれの少年は、ハワイの青い青い海の上で、 これからどうなってしまうんだろうと考えていた。 6月生まれの少年は、どこをどう考えたって、 一生これで生活していくのは無理だろうと思っていた。 8月生まれの少年は、いったい何をどうしたらいいのか掴みきれなくて、 溺れそうになりながらもがいていた。 12月生まれの少年は、開き直っているつもりでも、 次に何をすればいいのか見当がつかなかった。 11月生まれの少年は、そもそもどうして自分が青い青い海の上にいるのか、 考えることを停止していた。 僕たちの夏は、そもそもそんなふうにしてはじまった。 褒められるようなことは、なにもなかった。 初めて大丈夫だと思えたのは、きっと最初に春が来た時だ。 ステージの上で1月生まれの少年が言葉に詰まった時、 もしかしたら大丈夫なのかもしれないと思えた。 もしかしたら、ずっと大丈夫だったのかもしれないと、きっと初めてそう思えた。 大変なことがいくつも重なっていた暑い暑い夏、 もう駄目だって何度も思った暑い暑い夏、 だけどそれは駄目じゃなかった。 最終的に、駄目だったとは思わなかった。 暑い暑い夏を越えた時、「バイバイ」と何度も何度もくりかえしながら、 それを超えたとわかった時、空気がまた少し優しくなったような気がした。 そして、春が来た。二回目の、春が来た。 8月生まれの少年は、3月の終わりの日に足をひねった。 ターンした瞬間しまったと思って、その瞬間が一番悔しかった。 別にそんなに大変なことじゃない。つきあい方もよく知ってる。 だから大丈夫だと言い聞かせて、慎重に足を使った。 慎重に足を使って、階段の上り下りにも慎重に慎重を重ねて。……重ねて、いたのに。 4月の初めの日、アンコールでなんだか楽しくて、嬉しくなってしまった8月生まれの少年は、 思わず花道をダッシュして、そのまま思いっきり階段を上ってしまった。 気をつけて気をつけていたのに、なんだか楽しくて、嬉しくなってしまって、 思わず階段をかけあがってしまった。 その瞬間、案の定足は痛くって、思わず立ち止まって、8月生まれの少年は苦笑した。 「いってー」という顔をして、思わず笑ってしまっていた。 笑ったら、大丈夫だと思えた。きっと、ずっと大丈夫なのだと、根拠もないのにそう思えた。 11月生まれの少年は、「なつかしいなー」と思わず口にした。 北陸の方で、突如的に始った 『MC後の着替えにハケるのに、出遅れた1人が場つなぎで1人トークをすること』 っていうちょっとした遊びに、11月生まれの少年は見事に引っかかり。 しょうがないから何かしゃべろうと思ってステージの前の方に出てきたら、 まわりの照明まで落ちて、頭上がスポットライトで照らされた。 その時立っていたステージの幅は、極端にせまかった。 客席は横にもあって、上へむかって高く伸びていた。 そこから見える景色が「なつかしい」と思った。 そんな景色を、毎日見ていたことがあった。1日に何度も、見ていたことがあった。 毎日踊っていた。毎日、頭上をスポットライトで照らされて何かしゃべっていた時があった。 なつかしい光景の中にいるあの頃の自分に会えたら、きっと笑って挨拶できると思った。 今も結構楽しいから、大丈夫だよ、と。 6月生まれの少年は、歌をつくった。 随分長いこと自分の中にいた歌なので、途中でいろいろ言葉を変えた。 あちこちの言葉を取り出してきて、切り貼りするような作業をして、 それでもどうしても変えなかったところがあった。 『やりたいことがうまくゆかず、どうしようもなく落ち込んで 困って迷って泣いていいよ? その時はつつんであげるから』 ここだけは、どうしても変えなかった。 誰かのために歌うのかもしれないとも思った。 何かのために歌うのかもしれないとも思った。 だけど、変えられなかったここだけは、もしかしたら 自分の内側にむかって歌っているのかもしれないと思った。 自分の内側にむかって、困って迷って泣いてもいいと、だから大丈夫だとそう、 歌っているのかもしれないと思った。 12月生まれの少年は、途中で一度高熱を出した。 靴をはきながらそのまま後ろに倒れたと6月生まれの少年が言ったので、 その後しばらく熱は下がらなかったんだと、笑い話のように呑気な感じで続けた。 そんな呑気にしてる場合でもなかったけれど、 でも笑っていればなんとかなると思っていた。 ぼうっとして動かない頭でも、とにかくなんでもいいから口に出せばそれを拾ってくれる人はいた。 それはわかっていたから、とりあえず笑っていようと思った。 その空気の中でなら、ずっとずっと笑顔でいられた。 その空気の中でなら、ずっとずっと楽しくいられた。 ほんの2日間があいただけで、次が待ち遠しいと思ったのは初めてだった。 笑顔になれるうちはまだ大丈夫だと思っていた。 1月生まれの少年は、最後に言いたいことがあった。 最後に、たくさんお礼を言わなきゃいけない人がいた。 だって今回思い出した。思い出せた。 そういえば、コンサートってただ単純に楽しいものだって、そういうことを。 昔はずっとそれだけだったのかもしれない。 昔はただ、楽しい楽しいって、ただそれだけだったのかもしれない。 そんな単純なことを、もしかしたら忘れていた。 それだけが自分をここに引きとめているものだって、 そういうことをもしかしたら忘れていた。 ありがとう、ありがとう、ありがとう、と、指折り数えながら、 ちょっと声が上擦っていることに自分で気がついていた。 もう泣かないから大丈夫だと、きっと誰かに伝えたかった。 僕たちは、この瞬間が永遠には続かないことを知っている。 僕たちは、この瞬間に限りがあることを知っている。 僕たちは、この先にも人生があることを知っている。 僕たちは、人生はここだけにあるのではないことを知っている。 でも、 僕たちは、今この瞬間をあきらめたくはない。 僕たちは、今この瞬間を後悔はしたくない。 そのために。 8月生まれの少年は土台をつくる。 一見派手に見られるその少年は、やたら自分のことが好きだったり、悪目立ちしがちだったり、 色々困ったところを抱えた奴で、だけど中身が驚くほど真摯だった。 その真摯さを、8月生まれの少年は土台と裏方にむけた。 腕時計は、そのための小道具だった。 6月生まれの少年は現場をつくる。 一見かわいい風貌に見られるその少年は、その実やたらと頭の回転が早かった。 「今その場で次のために何をしたら良くて何をしゃべっておけばいいのか」 ということを、3秒で理解することができた。 MCを回しているのは、6月生まれの少年の力だった。 12月生まれの少年は空気をつくる。 アイドルは専売特許だったその少年は、笑顔の力を知っていた。 その場の空気を流れさせる術を、本能的に身につけていた。 空気が流れれば、なにもかもがスムーズになる。 それは魔法のようなことかもしれなかった。 1月生まれの少年は指針をつくる。 スポークスマンと称されるその少年は、外にむかうとよどみなかった。 記者会見で咄嗟に振られても、100点の解答を返すことができた。 本当はオロオロしがちで、咄嗟の出来事に一番弱くて、 それゆえに吸引力があることは、今のところ内緒の事実だった。 11月生まれの少年は技術をつくる。 ぼんやりしがちに見られるその少年は、踊るといきなり人が違った。 歌ったり、踊ったりすることに関しての妥協がなかった。 コミカルな場面を表現する力は一級品だった。 技術の根底的な部分を支えているのが、多分この人で間違いなかった。 青い青い海の上で、僕たちは5人になった。 きっとそれに理由はなかった。きっとそれは偶然なだけだったのかもしれなかった。 だけど少年たちには大事にしたいものがあった。 よくわからないけど、これだけは大事にしないといけないと思えた。 僕たちは、この瞬間が永遠には続かないことを知っている。 僕たちは、この瞬間に限りがあることを知っている。 だから後悔したくない。後悔なんかできないから。絶対。 そのために。 僕たちは力をあつめる。大切ななにかのために。 僕の人生の上に横たわる、大きな大きななにかのために。 僕たちは力をあつめる。 ありったけの、力を。 それをあつめればきっとなんだってできる。 そのための、力を。 |
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